第8回私の本ものがたり(一般)

おろしや国酔夢譚

君のいる場所

狂王の庭

信さん

聖母の鏡

大地の子

太陽にまじわる海

ネルソンさんあなたは人を殺しましたか?

ぼけない生き方革命



おろしや国酔夢譚 井上  靖

庄野 彰

 江戸時代、アリューシャン列島に漂着した大黒屋光太夫ら一行が、ロシア各地を転々とした後、約十年後に帰国を果たした史実に基づく小説。アリューシャン、オホーツク、シベリアの極寒生活の中で見聞した生活状況とともに、言葉や習慣を身につけていった様子が克明につづられる。ロシアを西へ横断し、首都ペテルスブルグで、女帝エカテリーナ2世に謁見し、九年間で十二名が死亡した状況を語り、故郷への帰還をひたすら訴えた。帝は光太夫の話に聞き入り、後日ロシア軍艦に乗せられての帰国に結びつく。しかし、幕府は彼らの存在を世に知らせることなく、死去するまで幽閉状態に置いた。

 日本が鎖国していた間に、ロシアはシベリア進出と南方諸国との交流を図り、大陸横断道路を完成させ、中国、インド、シベリアとヨーロッパを結びつける交易が大規模に開始されていた。その一大拠点であったイルクーツクに滞在した際、光太夫は、盛んな交易と豊富な富を持つ国々の存在を祖国の日本人が何一つ知らず太平に暮らしていることを思い起こしたものと思う。物語全体を通じて、何としても帰国したいという執念が描かれているのはもちろんだが、博物学者ラックスマンとの交友を通じて、もともと素質のあった語学や文化観察眼を深めていく光太夫自身の変化も興味深い。これまでの自分の歴史知識では、19世紀以前の北アジアは、ほとんど「暗黒」状態だったが、中世から近代のアジア諸国史についてじっくり読んでみたいと思わせる一書である。



君のいる場所 ジミー

匿名希望

 『人生とは運命から成り立っている』と、哲学者のようなこと言ってしまったが、実際はそんなもんだと思う。特に、人との出会いは偶然ではなく運命なのではないかと思う。友人・先生・同僚・そして恋人。私もこれまでさまざまな出会いをしてきた。それは自分にとっていい出会いもあり、はたまた悪い出会いもあった。それもやはり運命なのだ。そして今、新しい出会いがあった。この出会いがこの先どう転がっていくかはわからないが、この運命で結ばれている出会いを大切にしていきたいと思う。

 さて、今回紹介する本はもちろん運命にちなんだ本です。どこに行くにも左へ曲がる癖がある女性と、どこに行くにも右へ曲がる癖のある男性の物語です。

 同じアパートに住みながらも、癖が原因で出会うことのなかった二人。平凡な毎日を過ごしていた男性と、人生がつまらないものだと感じていた女性。めぐり会うはずもない二人に天使は舞い降りる。この出会いを『運命』だと感じる二人。楽しい時間を満喫していると、雨が二人の邪魔をする。そして二人は電話番号を交換し、別れた。再会を願い…。

とまぁ、話はまだ続きますが、読んでみてのお楽しみということで。



狂王の庭 小池真理子

荒井 洋子

 「今日,庭で一枚の絵を焼いた」

 このような書き出しから始まる告白の意図,それは,ある日突然杳子の胸中に吹き寄せた「嵐」だった。巨大な庭に逃げ込んで果てた男への恋情を「闇に葬られる前に,封印した記憶に一条の光をあてたい」と思ったのだ。

 旧華族,久我勇作の妻となった杳子の生涯は人も羨むほど不足のないものであった。

 只,娘の翔子は母を「心の扉には厳重に鍵をかけ,誰も中に入ることができない」と思えていた。杳子は豊かな芸術的才能を持ち,特に際立った文才があったというから,晩年突き動かされるように「青爾と自分の秘密の全てを綴りたい‥‥そう思った」のだ。

 「一切を吐き出し,綴り終えたら,この絵と同じように焼き尽くしてしまえばいいのである」と。しかし,その後の病床に於いて,書き終えた綴りをどこに隠したのか,どうしても思い出せない。

 杳子の三回忌法要の折,それは発見される。



信さん 辻内 智貴

三橋 昭子

 誰にとっても幼い日の思い出は感無量のものがある。よい事も悪い事もとても懐かしい。

 この本は信さんと守との出逢いをきれいなタッチで書かれていて読んでみると自分の若かった時代の一駒一駒が想い出される。

 少年期という,あの時期だけに見えていた。あのにごりの無い世界。一匹のトンボがただのトンボでは無く,ひとつの夕焼けが,ただの夕焼けでは無く,そこに何かしらそれ以上のものをいやおうなしに感じさせられながら,それゆえに子供たちはたえず,何かにおどろき,何かにときめき,そしていつも全身全霊のよろこびやかなしみに心をひたしながら生きていた。人生のまたたきのような,あのつかの間の時代に,しかしわたしたちは,ほかのどの時代においてよりも強く,この世界を感じ,そしてほかのどの時代においてよりも強く,この世界を信じていた。郷愁という名の青空だけが大切にわが胸に残り続ける本。



聖母の鏡 原田 康子

永山 壽子 

 昭和30年頃のベストセラー「挽歌」の続編として世紀末に発売された長編。挽歌は不良少女の物語である。その少女が59歳になて再び登場。当時の読者もおおむね60代だ。

 挽歌はモダンな雰囲気,当時としては珍しく仕事を持たず,それらを許す家族,夜遊びもするヒロインである。「聖母の鏡」では老嬢,だがまだ十分美しい。ドレス,指輪,洗練された会話。過去は引きずっているがニヒルなコケットは消えている。奔放に生きた少女は40年後,いたましい最後の旅にたつ。スペインアンダルシァ,宮殿やオリーブ畑,乾いた風,異国の恋の行方は・・・有りもしない話だろうが一気に引き込まれる。同世代の読者は忘れかけた情緒に揺さぶられ,記憶の彼方をふり返る。半世紀前の青春の怜子と今を生きる顕子。人それぞれ人生の違いはあっても,作者は見てはならぬ夢を大事にしてくれる。59歳の恋物語である。



大地の子 山崎 豊子

庄野 彰

 終戦後中国大陸に残された日本人孤児は親切な中国人夫婦に引き取られ、陸一心として育つ。文化大革命の中で迫害され労働改造所に送られるが、育てた父の尽力で社会復帰を果たし、高炉技術者として徐々に実力を認められる。日中協力事業の高炉建設プロジェクトに関わる中、日本側技術陣を率いる実父との再会を果たす。実父は日本への帰国を願うが、葛藤の末に一心が口にした言葉は・・・。

 戦後の逃避行で失った幼少時の記憶を日本の事物に触れる中で徐々に取り戻す。生き別れた妹を極貧の農家で見つけ出すも重病に苛まれておりまもなく息を引き取ってしまう。一心の日本での行動を執拗なまでに監視し上層部に讒言する中国人同僚の内面に刻まれた原体験など、圧巻のシーンが次から次へと展開する。

 労働改造所で知り合った滞日経験のある華僑のことば「もし君の両親が日本人なら母国語を知らないことは不幸であり恥だ」をきっかけに、羊の放牧作業中に地面をノート代わりに一心が日本語を教わる場面は特に印象に残った。実父との再会実現につながったからでもあるが、それ以上に民族の証、文化の拠り所が言語であることを物語っているからである。NHKが作成した長時間のドラマでは、日中の役者陣が迫真の演技を繰り広げており、本書と共に鑑賞することをお薦めしたい。



太陽にまじわる海 櫻井 琢巳

矢野倉 隆

 大きな白い足が,繰りかえし訪れる真夏のレストランで,三人で食事をしていました。

私は食事を終えると,大きな窓ガラス越しに,遠い水平線の上の,白く輝く光の群(ムレ)を見続けていました。私は,桜井さんの小さな身体からほとばしる,青い炎が燃えさかったような情熱に,圧倒されていたのです。桜井さんが好きだったランボオの『地獄の季節』の「わかれ」の冒頭詩には,こう書かれていました。<もう秋か!−しかし,何故,永遠の太陽を惜しむのか。もしわれわれが聖なる光の発見に身をおいているならば,−季節の上で死んでいく人々から遠く離れて。

 /秋。われわれの舟は,動かぬ霧の中から高まってきて,貧苦の港の方へ,火と泥でよごれた空を負う巨大な都市の方へ向きを変える。ああ,腐った襤褄,雨にうたれたパン,酪酊よ,わたしを苦しめた数知れぬ愛欲よ>



ネルソンさんあなたは人を殺しましたか? アレン・ネルソン

植松 登喜子

 児童書のコーナーで「ほんとうの戦争,ベトナム」という文字に目が止まり,赤い表紙の本を手に取りました。

 「私は,その無慈悲で残酷でおろかで無意味なベトナム戦争を戦った一人の兵士です。あなたに,ほんとうの戦争とはどういうものなのか,これから話すつもりです,私の名はアレン・ネルソン,ニューヨーク生まれのアフリカ系アメリカ人です」という書き出しです。

 私達はベトナム戦争については記録や書物映画等でよく知っていますが,この本を読んで,そのすさまじさ,問題の多さにあらためて愕然としました。

 日本でも今まさに自衛隊がイラクに出兵し戦争が身近かな事になりました。だんだん貧富の差が大きくなり,若者の失業者も多くなり,兵を集めるには絶好の条件が整いつつあります。個人の力ではどうにもならないかもしれませんが,事実をしっかり見ることは国の行方を考える為にも大切だと思います。



ぼけない生き方革命 金子 満雄

杉沼 紋子 

 久しぶりに知人にばったり,さりげなく挨拶を交しながら内心はヒヤリ,焦る。名前が出てこない。別れ際にやっと思い出したり,別れた後まで,誰だったかなあ・・ということもある。年のせい? ぼけ始め? と不安になった時,私はこの本を引っぱり出す。

 ボケ治療で世界一の実績を持つ金子医師がH8年に書かれた本で,ボケは治る,ボケは防げると述べていて,疑心暗鬼の人に心強い味方といえる。右脳を育てることの大切さが語られ,それは生活の中に音楽やスポーツ,ゲーム等をとり入れ豊かな日常を送ることがボケない生き方につながることの証になっていると1万5千人の症例をもとに解説している。一度の人生楽しく終わりたいものである。