第7回私の本ものがたり(一般)


あらしのよるにシリーズ
生きて候

裏稼業(上・下)

オリガ・モリソヴナの反語法

50歳からの満足生活

たまもの

猫の事務所

美女高原殺人事件

ヒヤシンス・ブルーの少女

水戸発 都市再生の実践的研究

矢田津世子全集

60歳のラブレター

わが友 本田宗一郎




あらしのよるにシリーズ 木村 裕一

 この間「この本が良い。」と噂をきいて,木村裕一さんの「あらしのよるに」から「ふぶきのあした」まで,六冊を一気に読破しました。何年かぶりに読んだ絵本でしたが,その発想と内容の濃さに驚かされました。

 嵐の夜に狼と山羊が暗い小屋で出会って,お互いの正体を知らないまま言葉を交わすのです。そして心を通わせた2匹は,今度は天気のはれた日に会う事を約束するところで一冊目が終わります。

 本来は「獲物」である山羊を前に,食欲と友情との間で苦悩する狼の姿は,私たち人間社会の問題と重なって,色々な思いを呼び起こされました。

 一冊読み進める度に緊迫した状況に追いやられてゆく山羊と狼を,頭に浮かべ,涙しながら私は,友情とはどういうものか改めて教えてもらった気がしました。



生きて候 安部 龍太郎

七海 康光

 この本は,徳川家康の知恵袋といわれた,本多正信の次男に生まれながら,他家へ養子にだされるなど,波瀾の生涯でありながら,自分の信念を貫き通した倉橋長五郎政重の時代劇小説である。

 とにかくおもしろい。痛快であり,また涙する場面もある。

 私は去年秋金沢の兼六園を訪ねたが,利家とまつのことばかり頭にあった。ところがこの本の主人公政重が,なんと金沢百万石の前田家筆頭家老であったという。しかもその政重にまつわる遺産が金沢市の「藩老本多倉品館」にあると知って,立ち寄れなかったことを大変残念に思っている。

 小説は徳川家康と秀吉,秀吉の朝鮮出兵,関ヶ原の戦とその後の宇喜多秀家の薩摩行と大きな流れを展開させながら,そのなかであくまでも養父の教え「与えられた命を美しく使い切れ」を守り通した武士政重を見事に描いていると思う。乞ご一読。



裏稼業(上・下) ジョン・グリシャム

加藤 律子

 今日は初めて大町の中央図書館に来ました。此処は古い建物で,ちょっと暗い感じだけれど良く手入工夫され,大切に使い込まれている所だ。私の好きな本が有りそうな予感!ジョン・グリシャムの「裏稼業」を借りた。「ペリカン文庫」から読みはじめて,彼の作品は4〜5冊読んだろうか?「裏稼業」を手にとって何か変?出版社,活字の大きさ,文章の雰囲気,行間から伝わってくるもの,考えてみるとジョン・グリシャムの訳は白石朗,女探偵ヴィグの作者サラ・パレッキーの訳は山本やよい,スークラフトン描く女探偵キンジーミンホーンの訳は嵯峨静江,そして検屍局長ケイ・スカペッタの生みの親はパトリシア・コーンウェルで訳は相原真理子。原書の読めない私にとって,作者と翻訳者は2人で1人だったのです。無意識に今頃こんな風な選び方をしていたのでしょう。食わず嫌いは良くないと思いながら,矢張り読む気にならないので今回の本は図書館にお返ししました。



オリガ・モリソヴナの反語法 米原 万里

杉沼 紋子

 この本は読書仲間から借りて読んだものである。以前,同じ著者の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を読んでいて心に残っていたので興味を引かれた。

 1960年,チェコ,プラハ。父の仕事の都合でこの地のソビエト学校に通った日本人の女の子が出会ったダンス教師,オリガ・モリソヴナ。かなりの年齢なのにしなやかな身体と素晴らしい踊り,飛切り悪い言葉遣い,その先生がほめたらそれは,けなし言葉の裏返しだった。

 それから30年経って,舞踏家の夢破れ通訳となった女の子は崩壊後のソ連邦を仕事で訪れた折,長い間頭にあったオリガの半生を辿る旅をする。モスクワから始まった旅はオリガの驚愕の人生を明らかにして行く。昔の女の子はやっと理解する。あの反語法がオリガがあの時代を乗り切る手段だったのだ,と。

 いろいろ考えさせられる本です。



50歳からの満足生活 三津田富左子

加藤  明

 現在,複雑な社会情勢のなか老後の生き方に対しこの50歳からの満足生活を書かれた三津田富左子さんの生き方は自分としても大変参考になる本だと感じました。その中でも人にたよらずお金にたよらずしみじみ幸せ,老後の資金ウン千万円は本当に必要か,私の葬儀は祭壇なしよ,お金かかるつきあいはいっさいやめる,電話は嫌いなど私の生き方と共通した部分が沢山あり読んでいてとても勇気づけられた。私も定年で退職しこれから本格的に老後の生活にはいり,これからどのような人生になるのかさっぱりわかりませんが,とりあえず健康で元気に毎日の生活を楽しくを基本にラストの人生を乗りきりたいと思います。どうぞ三津田富左子さんの本を一度読み,これからの老後の人生の参考になればと私は強く思いました。



たまもの 神蔵 美子

坂部  豪

 かつて,日本の近代の小説は,ほとんど私小説といっていい時期があったが,いまやその後を継ぐものは写真家になったというべきだろうか。この写真集は,著者,神蔵美子と,そのかつてのパートナー坪内祐三,そして新しいパートナー末井昭のカメラを通した物語である。人が他人を好きになり,一緒に暮らしたいと思うのは,何によるのであろうか。人はいつまでも人を求めつづける存在なのであろうか。自らの恋愛を,カメラマンとしての他者の眼と,自分自身をつきつめる眼との,二つの眼から描きだしている,この写真集は悲しくも,はかなくも,また美しくもある。モノクロの画面から立ち昇ってくるせつなさに,私は息をころさざるをえなかった。稀有な恋愛物語である。



猫の事務所 宮沢 賢治

後藤 真理子

 さて,これから私がお話するのは,宮沢賢治さん作のイーハトーブ童話文学の中の,「猫の事務所」という幻想劇です。

 五人の猫がやっている事務所の中で,四番書記のかま猫は単に汚いという理由で,職場の書記達に苛められ無視されていきました。遂にいつも彼を庇ってくれていた事務長の黒猫にまで無視された時,かま猫は,しくしくと泣き出してしまったのです。

 現代でもこのようにクラス全員に無視されたり,苛めを受けた少年少女の自殺が絶えないでしょう。だから,その苛めぶりを見ていた獅子が,「お前達は何をしているか。解散を命ずる」と怒った時は,私も安心しました。

 世界が全体幸福にならぬうちは個人の幸福はあり得ないという自らの思想を実践した賢治さんの,そこには不当な差別に対する激しい憤りさえ感じられます。

 「ぼくは半分獅子に同感です」との彼の問い掛けに,さあ,貴方はどう答えられますか?



美女高原殺人事件 西村 京太郎

松山 良子

 なぜ,なぜどうして今ここに居なければならないのだ。頭の中は真っ白で只ボーとして情けなくなりそれでも又涙はでてこない,口もきけない,車はようしゃなく市の開江老人ホームに向かっている。六ヶ月町並は少しもかわらずザルを頭にかぶせた様でうつろな風景をながめ,車は急に街からはなれたと思うと急にスピードを増しすべる様にもうホームの玄関に入った。今思いは係長関田さま指導員の方々が待っていてくれた。

 玄関を入ったらタイルバリがきれいにみがかれて所長の心をみた様な気がしほっとした。だがまだ私の頭からは死と云う事だけがはなれない。五時間のちがいで神様のいたずらにしてはあまりにも悲しい。その時西村京太郎先生のタッチのよい本にめぐりあえた。私は何も考えずに一ずに読んだ。50冊はよんだろうか。そうしたらだんだん頭のボーットしていただるさがとれ,大変元気にしてくれた京太郎先生を神様の様なきがした。



ヒヤシンス・ブルーの少女 スーザン・ヴリーランド


 一枚の絵の所有者をめぐる短編集です。何人もの人が絵を手放さざるを得なくなり,次の人へと渡っていきます。時代を遡っていくように,所有者の前の所有者へと,話はすすみ,やがて作者にたどりつく。ヒヤシンス・ブルーという色が,作者はフェルナールかと暗示していますが,一応謎になっています。物語の最後に,その謎の答えが明かされる,という趣向です。

 この物語の中で,私の心に一番残ったのは,オランダの農婦の話。洪水の日,捨てられた赤ん坊と絵を拾います。彼女は,その絵の美しさに魅了されます。自分には美しいものが必要なのだと知るのです。その結果,絵を売りたくないがために,彼女は種いもを食糧にまわしてしまうのです。この女性の気もち,いろいろ考えてしまいました。



水戸発 都市再生の実践的研究 菅原 信男

根本 明徳

 自然が人を育むなら,都市が人を育むこともあるだろう。では自分を自由にするために,自分は都市を選択するのだろうか。

 自然の山河が動かぬように,自分が住んでいる環境も動かず,与えられたものとして無頓着でした。水と空気は,「タダ」ではないこと,さらに安全は,高価なものであると実感させられています。自分が住んでいる環境を,「街」,「職住近接」,「文化の享受」などのキーワードで紋きり型に問い掛けていただけでした。

 溢れる情報のなかで,いつの頃かキーワードは「住んでみたいところは?」,という言葉になっていきました。

 さて,こんな脈絡のなかで,標題の本と出会うことになりました。水戸を,創り手と受け手の結果としてばかりでなく,文化の総合的な帰結として表現されていました。都市という現象をオモシロク感じさせてくれました。漠然としたものから「水戸は?」へと変化させてくれました。



矢田津世子全集 矢田 津世子

矢野倉 隆

 佐竹氏入部400年の節目の秋田へ訪ねてみました。すると頭を垂れた見事な稲穂が出迎えてくれました。「眠たそうな街」五城目町の,穀物倉庫を改造した一室の矢田津世子文学記念館へ足を運んでみました。そこで初めて対面した津世子のポートレイトは眩しい程,美しく,輝いていました。その美貌ゆえ,男女の境なく,愛憎の対象とされ,「幸うすく」死んでいった彼女に,小生も恋してしまったらしいのです。彼女自身が「理想の芸術家」として名をあげた坂口安吾とは,相思相愛だったにもかかわらず,接吻ひとつしただけで,永遠に別れてしまったのです。その後の安吾は,「毎日毎日,悶えて死にそうな苦しさ」の連続や,「青空のような,澄んだ思い」も経験したようです。しかし,「爽やかさ」と「やるせない」気持ちが,交互に訪れながら,自分自身の汚さ,もろさ,みにくさを知り続けることになるのです。



60歳のラブレター NHK出版

三橋 昭子

 熟年世代の人たち,現在五十代あるいは六十代という人たちは,かつて日本の高度経済成長を支え,この国に繁栄や豊かさをもたらした人たちです。その繁栄に翳りが見える今,熟年世代の人たちは子供の自立や結婚,定年後の自分の第二の人生,あるいは夫婦ふたりだけの新しい関係の構築といったさまざまな課題に直面しています。

 そうした熟年世代の夫婦を応援したいという思いをこめて「長い人生をともに歩む夫から妻へ,妻から夫への素直な気持ち」「感謝の思い」をキーワードに,住友信託銀行の「60歳のラブレター」の募集が始まり,反響は予想以上に多く,多くの応募作品が寄せられたとのことです。

 夫や妻への思いを凝縮して綴ったものが多く,ともすれば日々の暮らしの中に埋もれてしまいがちな大切な人への大切な思いがにじみ出ていました。感動したすばらしい本です。



わが友 本田宗一郎 井深  大

庄野 彰

 「世界のホンダ」(本田技研)の創業者である故本田宗一郎氏の思い出を,「世界のソニー」の前身・東京通信工業を創立した井深大氏が書き綴った書である。井深氏は静,本田氏が動。酒を飲めずクラシック音楽を愛する井深氏に対して,酒・芸者・ヘリ操縦等にも情熱を注いだ「ネアカ」の本田氏。性格的には対照的な二人だが,こと技術開発に関しては大切な価値観を共有していたようだ。

 誰もが無理だと決めつけた目標に敢然と挑戦し,成功に結びつけたこと(本田氏は超高速回転のバイク用エンジン,井深氏はトランジスタラジオ・トリニトロン方式のテレビなど)。「何を知っているか」ではなく,「何ができるか」を尊重して後輩に接し,終身雇用制や学歴偏重主義を早くから全否定したこと。「ものづくり」こそが「実業」であり,「紙」(現金,債権,証券)を動かすだけで稼ぐ業種を上に見るバブル時代の風潮を「おかしい」と断言したこと。これらはいずれも,お二人に共通する価値観を如実に表しているように思える。

 実は,「本業」では,お二人の共同作業はほとんどなかった。それにも関わらず,何かの折りに顔を合わせると,技術・教育・社会哲学等を語りあって話がつきなかったという。「多くの人に喜ばれるもの,多くの人を幸せにするものを第一に」追求した同士の間に交わされたかけがえのない時間だったのだろう。真の友とは,いつも一緒にいて共に行動する人の中にいるとは限らない。「価値観を共有できること」こそが最も重要であり,お互いの距離・業種の相違・会う頻度などは取るに足りない要素なのだろう。身の回りの人間関係に一喜一憂するのではなく,「知己を千里に求める」生き方がしたいと感じさせられた書である。