第6回私の本ものがたり(タ行)



大造じいさんとガン

たいようの子マタラベ

だからあなたも生きぬいて

宝島

食べ物と友だちになろう

たんじょう日のプレゼント

ちいさいオーちゃん

小さな命の歌

小さな小さな海うさぎ

地球

地球が動いた日

父と子をつなぐワンパク遊び

聴導犬捨て犬コータ

チロヌップのきつね

翼のない天使たち

翼をください

D.カーネギー名言集
手塚治虫
てぶくろをかいに

手ぶくろを買いに

天使のいる教室

天使の靴

天の瞳

とおいあの日にたべたパン

トカゲのはしご

どじなパパとどじなぼく

ドッカングラグラ

トットちゃんとトットちゃんたち

とべないホタル

友だちは1/2ゆうれい





大造じいさんとガン
 椋 鳩十
三の丸小 5年 吉田 治徳
 この本は、じいさんとガンがでてくるお話で、このじいさんは、ガンをねらっています。

 大造じいさんは、一羽のガンを手に入れることができなくて、大造じいさんは、いまいましくて、思っていて今年こそはと、作戦に取りくんでいます。

 一晩じゅうかかってくるのをまつさぎがひっかかったり、よく日の昼近くにぬま地で昨晩つりばしをかけていたところに一羽の生きているガンがうまく手に入ったので、大造じいさんは、うれしがっていました。

 そのよく日、昨日と同じ時こくに出かけ、秋の日今日は5羽もかっていなかった。

 四、五日も続いたのでぬま地にいき、小屋の中にすがたをかくしハヤブサが飛びおくれて一羽を見のがしませんでした。

 ぼくは、大造じいさんのやさしいところは、大きな声でガンをよびかけてみおくって北へ北へとびたって、いつまでも、いつまでも見守っていました。




たいようの子マタラベ
 山下 欣一
稲荷第一小 6年 小沼 愛美
 私は、「たいようの子マタラベ」を読んで、とてもおもしろいな、と思ったので、この本をしょうかいします。

 物語は、お父さんがいない、マタラベという少年が、自分のおかあさんに、「マタラベのお父さんは、神様だから、天にいる。」と言われ、マタラベは、お父さんに会いに行くために、お父さんを、さがしに行くという物語です。

 そして、天につくと、2人のオニから、おひめ様を助けたりして、いろいろなこんなんをのりこえて、自分のお父さんに会いに行きます。最後には、自分のお父さんに会えて、しあわせな生活をおくります。

 この本は、とてもおもしろいので、みなさんもみつけたら、ぜひ、この本を読んでみてください。




だからあなたも生きぬいて
 大平 光代
常磐小 6年 永堀 啓
 僕は、この本を読んで、いじめをとうして、あらためて家族とのかんけいを、見直していくべきだと思う。この本の作者、大平光代さんは、中学校のころからいじめを受け、そして、どんどん悪の道へ入っていきました。しかし、今の父のおっちゃんにはげまされて、「弁護士」という仕事につきました。おちこぼれた時には、だれかにはげまされて人は、立ちあがれます。それは、一番みじかなそんざいの「家族」では、ないでしょうか。この作者の大平光代さんの場合は、今の父、大平のおっちゃんでしたが、今では、大平光代さんの父になっています。家族とは、一番みじかで、だれよりも話し相手、または、理解者なのではないでしょうか。家族のそんざいは、なによりも大きいものです。ですから、これからも、よりよい家族関係を作っていきましょう。




宝島
 スティーブンソン
常磐小 6年 古谷 貴幸
 主人公のジム・ホーキンズは、冒険ずきな少年で、宝島の地図をトランクからとうとう見つけてしまいました。

 その地図は、ゆうめいな海ぞくのフリントンが書いたものでした。フリントンとは、同じスティーブンソンが作った物語に出てくる海ぞくの親分で世界中の宝物を宝島のどうくつにかくした人の事。

 よくみると島の南の辺りに赤いバツ印が付いていて「−宝は、ここに−。」と書いてあるのです。それから、宝物をさがしにいく旅が始まります。トロニーさんは、早速すいふを二十人集めて、出発しました。そのすいふの中に一人松葉づえをついている一本足の男がいたのです。ジム・ホーキンズは、もしかしたら死んだ海ぞくが、おそれていた一本足のすいふじゃないかと思い調べてみるといがいなことが、そして、宝物を見つける事ができるのか!




食べ物と友だちになろう
 服部 幸應
緑岡小 4年 菊池 智貴
 食べ物は前歯でかみきられ、糸切り歯でひきさいて、小臼歯でくだいて、大臼歯ですりつぶすとだえきがでて、食べ物をだえきとまぜています。あと舌は、味をかんじるしんけいがある。

 ぼくたちは、横になっても、さかだちしても、ぜんどうのおかげで食べ物がのみこめるのだ。

 胃は、食べ物が入ってくると、胃のかべがちぢんでくびれができる。胃の中の物は少しずつゆっくりと4時間もかけて十二指腸におくられる。

 十二指腸のたんじゅうは消化しにくい脂肪を分かいしやすい形にする。

 すいえきは炭水化物、たんぱくしつ、しぼうを分かいする消化えきです。

 小腸の中はかべにあるじゅう毛の一つ一つに血管やリンパ管が入りこんで栄養そをきゅうしゅうする。ぼく達の体の中でいろいろなことが起きていることが分かった。 




たんじょう日のプレゼント
 寺村 輝夫
吉田小 5年 岡野 裕美
 たんじょう日は一人一つの大切なものですね。そこで、みなさんに寺村輝夫さんの王さまシリーズの中から、私が一番おもしろいなと思った「たんじょう日のプレゼント」という本を紹介します。この本には、六つのお話があるので、その一つをみなさんに知ってもらいたいと思います。

 これは、王さまのたんじょう日のお話です。王さまのたんじょう日は明日なので、王さまはおちつけません。ついに王さまは、「今すぐ、大きいバースディケーキを作れ。」なんて言うのです。大臣はこまりましたが、コックさんと話し合い、ケーキを作り始めました。そしてケーキが完成して、王さまのへやに運ばれました。王さまはがまんができなくなったので、大臣たちがいなくなってからこっそりケーキをちょっとなめてしまいました。すると、なんとケーキが……。

 このお話の続きが知りたいと思った人は、ぜひこの本を読んでみてください。



ちいさいオーちゃん
 エディス・ウンネルシュタード
吉沢小 6年 松島 香苗
 夏休みになってオーちゃんの家族は別荘にきました。子供たちが大きくなったのでもう一つ家をたてることになり、末っ子で小さなオーちゃんは、一人だけのけものにされてるような気分でした。この場所のオーちゃんの気持ちはよくわかりました。誰にもあいてにされなくてとっても淋しいからです。

 ペレのカメラをこわしてしまって、謝るかわりに野いちごをつんであげたのに帰れっとおいかえされ、あまつ転んで足をケガしたのに誰もきずいてくれない所は小さいころの私と重なりました。

 みんないじわるって思ってオーちゃんはナシの木の上にかくれて、みんなが心配されて自分の存在に気づいてもらおうとする所は、昔自分もやったなぁ〜と思いました。でもやっぱり見つかっちゃってお母さん達が優しくむかえてくれるところは心があったかくなりました。

 私の家もこんな温かな家族のようになりたいです。



小さな命の歌 高橋 泰子
堀原小 5年 木村 茉奈未
 私の「身近にある大切なもの」それは、命です。なので、命の大切さが分かるような本、「小さな命の歌」を読んでみました。この本は、生まれつきダウン症だった男の子の物語です。斉藤修平君は、そんな障害を持ちながらも、元気にくらしていました。お母さんのきびしいしつけを受けていたので、ふつうの小学校に入れたし、ふつうの子と同じように学校の行事にも参加していました。でも、九歳の夏、お母さんが朝ごはんのしたくをし、修平君たちをよびに行くと、お父さんと修平君は血の海の中にいました。父子心中でした。そのことはいっきに広がり、学校の子供たちの耳にも入っていきました。こうして修平君の一生はおわってしまいました。

 こんな体に生まれてきて、修平君がかわいそうだと思いました。でも、修平君は学校に入ってたくさんの友達とたくさん遊んで、とても幸せだったのかなと思いました。 




小さな小さな海うさぎ
 北村 けんじ
千波小 5年 清水 稚子
 私は、この本がとても好きです。

 この本がなぜ好きなのか・・・今から教えましょう。

 この本には、海などが中心になっているお話で、主に登場する人は、トモコとシンスケじいちゃんです。

 トモコのお母さんは、病院に入院する事になったので春休みの間シンスケじいちゃんの所へ行く事になったのです。

 シンスケじいちゃんは、貝がら屋で、お店の中には、いろんな貝があり、本に書いてあった貝がらの種類は、サクラ貝・ラッコ貝・コチョウ貝です。

 来てからトモコとシンスケじいちゃんは、ごはんを食べそのごはんには、魚がでていました。

 私は、この本を書いた北村けんじさんは海が好きなのかな〜と思いました。

 何回読んでもあきない本で、とてもしんけんに読める一冊です。 




地球
 赤尾 文夫
緑岡小 4年 小林 千瑛
          地球のたんじょう

 今からおよそ50億年前に、星間ガス雲が集まって太陽系が生まれはじめました。その大きさは、今の太陽の2倍以上もありました。

 その後、ガス雲のかたまりがだんだんちぢんでいくにつれて、中心は、圧縮によって高温になり、そのうちにかがやきはじめたのです。地球や月が現在のような大きさになったのは、今からおよそ45億年前と考えられます。

  海のたんじょう

 地球上の約70%を占める海はどのようにしてできたのでしょうか。いん石がたん生した地球がだんだん成長して大きくなると、内部の圧力や温度も高くなってきて、内部では岩石が部分的に溶けはじめ地球全体で活発な火山活動が起こり溶岩とともにいろいろなガスがふん出する。これが海のたんじょうです。

 地球や海は、ずっと昔に生まれて今もみんなのために生きていてすごいなあー。 




地球 
赤尾 文夫
緑岡小 4年 ねや なお
 いまからおよそ、50億年前に、星間ガス雲が集まってきて、太陽系が生まれた。その大きさは、いまの、太陽系の2倍以上もあった。地球や月が、げんざいのような、大きさになったのは、45億年前と考えられている。地球は1日に、西から東とゆうのは、北極をま上から、見たときに、時計のはりと反対の方向に回転してる。せきどう上では、1日に約4万kmも動き、じそくにすると、約1700kmとなる。こんなに速く回転していても、私たちが速さを感じることができないのは、空気もいっしょに動いているため。なんきょくや北きょくでは、1年のうち冬の半年かんは、まったく太陽の光がとどかない。また、夏の半年かんは、1日中太陽が出ている。これを、白夜という。なんきょくには、めずらしい動物がたくさんいる。たとえば、ペンギンがいます。ペンギンは、とりの仲間です。

 私はこの本を読んで、地球のことがよくわかってよかったと思った。 



地球が動いた日 岸川 悦子
常磐小 6年 中島 彰宏
 ぼくは、この本を読んで、人にとって大切なものが分かった気がします。

 この本は、一九九五年の一月におきた大地震について書いた本で、主人公の剛や、友達たちが、阪神淡路大震災で家や家族、友達を無くして、改めて、失ってしまったものの大切さを考え直していくという本です。

 剛は思い出や友達よりも、塾や勉強の方が大切だと思っていました。しかし、この大地震が起きて、剛たちは思い出や友達を失い、家や家族を失った人たちを見て、塾や勉強よりも大切なものがあることを知り、ボランティアなどをしていきます。

 そこで、ぼくも、人にとって大切なものは何なのかを考えることができました。失ってしまって、改めて命や家族について考えて、大切にしていくのではないかと思います。

 じっくりと読んで、考えてほしい本です。

 ぜひ、読んでみて下さい。




父と子をつなぐワンパク遊び
 遠藤 ケイ
常磐小 
6年 杉山 友一
 お父さんが、おもしろい本をもっていた。

 その本は昔の遊びがたくさん書いてあります。何回か本にあった遊びをやってみたりおもちゃを作ってみました。おもちゃではコマを作りました。学校にも何個かおもちゃをもっていって遊んでみました。この本には今やっている遊びも書いてあります。この本は班活動で遊ぶ時に何をして遊ぶのかを決める時にも使えそうだし、中休みや昼休みいつもと違う遊びをしたい時にも使えそうです。これを読んでると昔はどんな遊びをしていたのかよくわかります。

 ぼくは、この本を読んで昔の遊びはおもしろいのに、今の子供は、昔の遊びをあまりしらないのが不思議だと思いました。ぼくは、昔の遊びは種類が多いのに今の遊びは種類が少ないです。

 ぼくは、この本の作者は年がちかくても大人も昔は同じ様な遊びをやっていたから父と子をつなぐワンパク遊びという名前をつけたんだと思いました。




父の椅子男の椅子
 宮脇 彩
根本 拓也
 これほど幸せな親子を、私は知らない。建築家 宮脇檀・彩親子。

 建築の設計を生業とする私にとって宮脇檀の名は、特別な意味を持つ。若くして建築家として認められた氏にとって、いくらでも大きな仕事の話はあったであろうと推察されるのだが、氏は生涯、住宅の設計及び住宅地の都市計画を主として活動してきたように見られる。

 夫婦生活には残念ながら失敗してしまったが、家庭を愛し、さまざまな家庭を包む住宅の設計を愛した宮脇氏。そういった氏の仕事に対する姿勢を私は尊敬し、著作を何冊も読ませて頂いてきた。氏の著作は、難解になりがちな多数の建築家の書いたものと違い、建築を知らない一般の方にも読みやすい平易な言葉で書かれ、建築を学んでいた学生時代、社会人になってからも私の建築の設計における教科書であった。

 そんな氏が早すぎる逝去を迎えてからはや3年程になろうか。愛娘の彩さんが書かれたエッセイが本書である。建築家であると同時に椅子のコレクターであった宮脇氏の、そのコレクションされた椅子にまつわるエピソードを娘さんが語り継いでゆく。建築家の父の背中をずっと見て育つ中で、ときには反発しながらも父から多大なる影響を受けてゆく。カッコイイことは良いことだ。美しいものこそが正しい。建築家らしい過激な言葉から、離婚してしまったことへの娘さんへの罪滅ぼしからか、“職住一致 を実践し必ず食卓を共にすること、一緒に買い物へ行き、大量の本を買い込んで2人で廻し読みをするエピソード等の数々。

 はたから見ればちょっと異常なくらい仲が良い親子の姿が浮かんでくるが、果たしてそうだろうか?

今の世の中、家庭の崩壊や父親の威厳が損なわれたなどと言われて久しい。娘が父親を嫌うのは当たり前といった風潮がはびこっている。宮脇家が異常なのではない。世の中がおかしくなりつつあるのだ。宮脇氏は、日々の姿や仕事への取り組み方、椅子のコレクションを通して、娘とふれあい、親と子の素晴らしい関係を築きあげた。氏の生き方そのものが、親子関係にも如実に表れているのである。

 世の親は、自分の生き方や姿勢を子に示すことを怠ってはいないだろうか?自ら問うてほしい。




聴導犬捨て犬コータ
 桑原 崇寿
吉沢小 6年 佐藤 日奈
 私は「聴導犬捨て犬コータ」という本を読んで犬と人間のきずなは信頼で結ばれていたり、いなかったりといろいろあると思いました。犬をダンボールにつめこんで、なげすてる人もいれば、ひろってかってくれる人もいる。このコータは、ひろってくれたけど、ひろってくれた人は、すでに一匹かっていて、それにマンションでした。でもそこにコータの、すくいのめがみがやってきました。それは、動物保護団体でした。そこで動物フェスティバルという催しがあり、すてられた犬の里親をさがしてくれるのです。でもコータは、里親がみつかりませんでした。そこにオールドックセンターにつとめている、本田が、「この犬を責任をもって引き取ります。」といいきってくれました。ひろってくれた人は「おねがいします。」といいました。でもコータはつらいくんれんがこれからまっています。ちょうどう犬になるために。私はもしひろったらかぞくとそうだんして、かうと思います。



チロヌップのきつね 高橋 宏幸
吉田小 4年 小圷 友里恵
 この本は北の海のチロヌップという島のお話です。ある冬にきつねの赤ちゃんがうまれました。ぼうやぎつねとちび子です。ぼうやぎつねは元気な男の子。ちび子はあまえんぼうの女の子。きつねたちの住む島には毎年一回おじいさんとおばあさんが魚をとるためにやって来ます。おじいさんたちと仲よしになったちび子は、人間の子供のようにかわいがられ大きくなりました。ところが、戦争によってこの島が軍隊に使われる事になって、ちび子はきつねの親の所へ帰っていきます。親子でくらしましたがある日、運悪くちび子がわなにかかってしまいました。かあさんぎつねは雨の日も、風の日もえものをとり、自分は食べずに、ちび子の所へ運びました。そして雪のふる夜、かあさんぎつねはちび子によりそって……この続きはぜひ読んでみて下さい。わたしは人間でも動物でも親子のきずなのすばらしさは同じだという事が分かりました。みなさんもこの本を読んでみて下さい。




翼のない天使たち
 折原 みと
三の丸小6年渋谷 友香
 この話は、笑いあり、涙ありとこの本一冊でたくさんの感情が楽しめます。

 優等生の智久が、ふとしたことからのぞきこんだ老人ホーム、「星の家」。

 苦手な動物やお年よりたちとの交流、ちょっと変わりもののクラスメートや、不登校のカメラ少女との友情……。

 そのなかで、智久の心には、どんなものを感じとったのでしょう。

 老人ホームで初めて目にする人の死。生命の尊さとあたたかさを知ったあの日。

 苦手だった動物たちのマネ出来ない感情。智久に、「あーしなさい!」「こーしなさい!」と口うるさくレールをひこうとする母への反論。自分の意志をもち、わかってもらうことのつらさ。人のために努力することのすばらしさ。この智久の行動一つ一つがあなたとなんらかの関係でつながっているはずです。

 私のようにみなさんも勇気、友情、生命、努力の大切さをあらためて感じてみては。




翼をください
   橘 もも
千波中 3年     山口 小百合
 この本のテーマは「いじめ」です。そして「命」とは何か、「死」とは何なのか、人は何故、人を傷つけるのか、「勇気」とは何なのか、です。

 この本を書いた橘ももさんは、当時、十四才、中学三年生、今の私と同い年でした。

 中学生が「いじめ」を題材に何かを書くなんて、すごいな、と思ったんです。ストーリーを少し読むと、 中学三年生の二学期、京歌のクラスメートが自殺した。原因は、イジメ。しかし、それはいじめていた者のせいだけではなく、クラス全員の責任だと気づいた日。楽しいはずの教室は、いつしか大嫌いな場所になっていた。翼や、秦野のお姉さんに逢って、秦野からの手紙を読んで、「勇気」を持たなくてはいけないことを知り、京歌は立ち上がった。 こんなかんじの話です。

 悲しくて、さびしくて、でも「命」って何なのか「生きる事」とはどういうことなのかを読者に問いかける本、読んでみて下さい。




D.カーネギー名言集
 ドロシー・カーネギー
常磐小 6年 笹島 広太郎
 ぼくは、この本を読みながら、自分の今までのなやみごとを、考えながら読みました。

 この本には、作者、ドロシー・カーネギーの他に、トーマス・エジソンの、「天才の一パーセントは、ひらめきから成り、九十九パーセントは汗から成っている。」という名言ものっています。ちなみに、ぼくが、名言の中で好きなのは、「最大のあやまちは、どんなあやまちを見ても気づかぬことがある。」です。何故かというと、自分がいやだと思うことを、相手に言ったり、いけないということを言っているからです。人間関係を保つということにおいて、これ以上のものは、ないと思います。

 迷った時や自分に自信がないときに買って読んでみてください。必ず中に一つは、自分の人生を、歩いていける言葉があると思います。ぜひ読んでみてください。




手塚 治虫
 国松 俊英
常磐小
 6年 谷合 行雄
 手塚治虫は、マンガと共に生き、マンガと共に死んでいった人だとこの本を読んで思いました。

 内容は、治虫の小学生時代のこと、中学生(戦争がおもにでている)時代のこと、大学生(高校生の時は、中学生時代の中に入っている)時代のことで、治虫は、命をたすけてくれた医者になるか、子供のころから好きだったマンガをかくマンガかになるか、なやみます。お母さんは、「どっちが好きなの?」と聞かれ、治虫は「マンガです。」と答え、「そしたらマンガかになりなさい。」言われ、治虫はマンガかになることをけついする内容です。

 ぼくはこの伝記を読んで思ったことは、治虫は、命をすくってくれた医者にあこがれるけど、子供のころからなりたかったマンガかになって、夢は持ちつづけると、夢はかなうんだなぁとこの本を読んでわかりました。




てぶくろをかいに
 にいみ なんきち
常磐小 6年 龍田 康平
 このお話は、親ぎつねと、子ぎつねの感動てきな物語です。子ぎつねは生まれてはじめての雪で、手が冷たくなっていました。手を冷たくさせないため、親ぎつねは、手ぶくろを買いに町へ行くのですが、あるいやな思い出があります。それは、ともだちといっしょに町のある家のあひるを、ぬすもうとして、それがばれて人間においまわされたことです。そのため、親ぎつねではなく、子ぎつねがいくことになってしまいました。親ぎつねは、子ぎつねのかた方の手を人間の手にかえてくれました。そして町にいってぼうしやにある手ぶくろを買おうとしたら、きつねのままのてをだしてしまったのです。でも、ぼうしやの人はお金をたしかめるとちゃんと子ぎつねに手ぶくろあげて親ぎつねのもとにかえってきて、そのまますあなにもどりました。




手ぶくろを買いに
 新美 南吉
千波小 4年 伊藤 光沙
 この本は、雪で手をいたくした子狐が手ぶくろを人間の町へ買いにいくお話です。

 昔、友だち狐と町に行った時にひどいめにあったことが忘れられない母狐は、子狐の片手だけ人間の手にかえ、子狐一人で行かせることにしました。

 「お金をわたす時は、人間のお手をだすのよ。人間は、相手が狐だとわかると、つかまえておりに入れてしまうんですよ。」とよく言い聞かせました。

 しかし子狐は、人間の手ではないほうの手を出してしまいましたが、お店の人は何もしませんでした。

 帰り道、優しく子守りうたを歌う母親と、森の狐が寒くしてふるえているのではと心配する人間の子供の声を聞いて、子狐は今か今かと待っている母狐の元へとんで帰りました。

 私は、人間だって子狐を優しく守ることはできるし、母が子を大切に思う気持ちは、狐とちっとも変わらないと思います。




天使のいる教室
 宮川 ひろ
三の丸小 6年 三輪野 温美
 天使…。と聞いて、何を想像しますか?白い羽のはえた、空を飛ぶ天使?では、この本に出てくる天使を知っていますか……?

 人形の水木哲平は、サトパン先生の生まれた時の人形。ある日サトパン先生は、一年生の先生になることになりました。一年生は大好きなのに、とても悲しそうです。なぜなら、重い病気を持った子と、父を亡くした子をうけもつからです。けれど、先生もみんなも、すっかり息とうごうしました。そして、重い病気を持ったあき子ちゃんと父を亡くした大介くんも、元気で明るいです。いっしょのクワガタ班にもなれました。でも、病気は重くなるばかり…。ついに、声が出なくなってしまいました。サトパン先生は、キセキをおこそうと、テープを持ってきました。みんなの声がします。ついに声がでるようになったのです。あき子ちゃんは、このクラスの天使でした。命って何?友だちって何がたいせつなの?

 それは、天使とみんなが知っています。




天使のいる教室
 宮川 ひろ
堀原小 5年 谷田川 美穂
 サトパン先生の受けもった1年生の中に、重い病気にかかっている子や、つい最近にお父さんをガンで亡くした子もいました。病気の女の子は、かみの毛がうすく短いのですが1年2組の友達は、とてもやさしくしてくれて、病気の女の子には楽しい思い出ができました。しかし、女の子は、空のお星さまになってしまいました。けれども、1年2組の友達は、あれからずっと女の子の誕生日を祝う会」をしてきて今年で4回目になりました。そして誕生日会は、お父さんもお母さんもかけつけてくれました。そして最後には、女の子に聞こえるように歌をみんなで歌いました。

 私は、この本を読んで、命の大切さが分かりました。そしてもし人が亡くなっても「その人のことをいつまでも大切に思ってくれる人がいるかぎり、いつまでも1人1人の中に生かされて、大きくなっていくのだな」と思いました。




天使の靴
 ドナ・ヴァンリアー
三の丸小 6年 柳橋 佑哉
 ぼくのしょうかいする本は、天使の靴という、読むと悲しくなるような本です。

 それは、クリスマスの日に、この物語ではお母さんとおばあちゃんが亡くなってしまうからです。

 そのお母さんの子供は、クリスマスの日に死んでしまうと言われていたので、お母さんが神様に会うのに、はいていく靴をプレゼントした。

 8歳の子が、お母さんのために靴を買っている姿を見て、一つの家族がばらばらにならないですんだ。

 毎日の喜びや、笑い、悲しみなどの小さな贈りもので、それによって僕たちはかけがえのない大切な何かに近づくことができるのだ。

 ぼくはこの本を読んで、家族の大切さが分かりました。

 みなさんもぜひこの本を読んでみて下さい。



天の瞳 灰谷 健次郎
常澄中 1年 松永 小雪
 私が読んだ天の瞳という本は、とても人間味のある、素直な話でした。

 この話は、ある少年の幼年時代から始まり、少年時代まで続きます。幼年時代では、幼いながらも人間関係があり、保育園の仲間、近所の人から駄菓子屋のおばあさんなど現代では理想の関係だと思います。また、いたずらをして罰を与えられてもそれを遊びに変えるユーモアもあります。そして少年時代では、新たな人間関係と共に、昨年よくあった問題教師と正面から衝突します。また、友達の家族ぐるみの難題にも立ち向かいます。親の浮気や離婚、愛人の子供まで登場してきます。そして、不良グループとの対立……。

 私は、この本でたくさんのことを学び、感じ、考えることができました。生身の人間が生き生きと描かれ、様々なことに立ち向かう勇気を知ることができました。




とおいあの日にたべたパン
 上崎 美恵子
常磐小 6年 鴫原 佑佳
 この本の主人こうは、ヨリちゃんという女の子です。この女の子の親友は、ミカちゃんという女の子です。

 ヨリちゃんは、お母さんもお父さんも、仕事だから、いつもおやつをかうお金をもらって、いつもおかしをたべていました。そしてある日、ヨリちゃんが、道でおかしをたべていると、「あれ」という間に、そのおかしをたべてしまいました。そこに、スタイルがよく目がきりっとした学生がいました。それから、グレープフルーツがきえたりドーナッツがきえたりするたびにその学生がいました。ヨリちゃんはふしぎに思いそのことを、ミカちゃんに話すとミカちゃんは、その学生によくにた学生にあわせてくれました。それから少したって、ヨリちゃんがみていた学生はミカちゃんがおしえてくれた学生のお姉さんで6年前にしんでしまった人だということがわかりました。もしかして、ヨリちゃんが見た学生はゆう霊?続きは、この本をよんで見て下さい。




トカゲのはしご
 西沢 杏子
常磐小 6年 榊 健太
 ぼくがこの本にしようとしたのは、主人公がトカゲを見つけていっしょに遊ぶと言う物語の本です。少し物語の中をのぞいてみると、トカゲは、陸にいないとこまると言う事と、だいいちにおいしくたべものをたべられないと言う理由です。あるとき、トカゲがつくったのは、初めてにもかかわらず、はしごでした。このときトカゲが作ったのを見て主人公はとてもおもしろい目でみていた。そして、主人公はトカゲに自分用のでは大きいのでトカゲ用のあやとり用のひもを作ってあげました。と言うぐあいにとてもおもしろい本です。

 ぜひ一度読んで見て下さい。



どじなパパとどじなぼく サイモン・ワトソン
千波小 5年 田家 千聖
 この本をえらんだ理由は私の家族ににているからです。

 この本はおとうさんとウオレスと言う男の子のどじなお話です。

 最初はどこがどじなのかわかりませんでしたが、最後のころはどじのれんぱつになって、お母さんにおこられてー言われてしまった。

 この本の中はひみつです。

 この本はほんとうにどじな話でどじすぎて笑いがでそうなお話なんで、ぜひぜひおすすめします。ぜひかりて読んで下さい。



ドッカングラグラ 村上 奈々美
稲荷第一小 6年 池畠 桃子
 私は、「ドッカングラグラ」を読んで、本当に感動しました。この本は、阪神淡路大震災が兵庫県でおきた時の事が書いてある本です。一年生から六年生までの人たちが、経験したことが書いてある本です。本の内容は、全部見てもらいたいのですが、その中から、三年生の村上奈々美さんの「こわかった大地震」というのがありました。その本の内容はお父さんやお母さんのありがたさが書いてありました。友達のことも書いてありました。

 その、奈々美さんの友達一人が死んでしまったそうです。私は、この、奈々美さんは、とても、ショックだったろうなと思いました。

 その文章の中にこんな事が書いてありました。「友達も死んじゃったからいやだったから、その友達の分までがんばらなくちゃ」とありました。私は、とても、感動しました。どうか、一度は、読んでみてください。



トットちゃんとトットちゃんたち 黒柳 徹子
常磐小 6年 室田 正之
 この本は、ぼくたちがしらない世界がある。ぼくは、この本をよんで、世界には、まだ満足したくらしが、できていない人がいるのがわかった。けれど、すこしでもその人たちをしあわせにしてあげたい。(ピースワン)社会でべんきょうしたことが、心にのこってこの本をしょうかいしたいと思いました。

 この本は、だっすいしょうじょうなどで、亡くなっていく人やさばくでしぬ、牛などのことがのっています。

 この本で本当に心にのこったのは、なんみんの人たちです。お母さんといっしょにてをつないで、あるいているほねのみえそうなぐらいやせている人や、うまれたときから、母にすてられて、親のいない子どもが町のあかるいところで、死体がかさなったようにねている人たち、そんな人が、一度でいいからしあわせなことをあじあわせたいです。




とべないホタル
 小沢 昭巳
吉沢小 6年 奈良部 寛和
 さなぎからかえったホタルが、いっせいにとんだ。でも一匹だけとべないホタルがいた。そのホタルはいろいろ努力した。

 木にのぼって気持ちだけあじわった。これほど、がんばっているとべないホタルをそんけいしている。ぼくは、このホタルのようにがんばって、周りの友達に努力のすばらしさを伝えたいです。でもぼくがホタルだったら人の手をかりてしまうかもしれない。

 ある日、木の上に登って、けしきを見ていたらとべないホタルがつかまえられそうになった。その時にほかのホタルが助けるようにおっこってきてつかまった。

 ぼくは、とべないホタルのように努力して、とべないホタルを助けたホタルのように家族がこまってる時に力になれるような自分になりたいです。




友だちは1/2ゆうれい
 中田 ようこ
千波小 5年 佐々木 智之
 ぼくははじめてよんだときすごくかんどうしました。こんなにかんどうする本ははじめてでした。この本はゆうれいになれないこがでてきて、そのゆうれいになれないことともだちになり、そしていきかえったというはなしです。この本はぼくたちに人の大切さ、みんなのやさしさをつたえたかったんだと思います。僕もいっかいこういうことがありました。じてんしゃで、かいものにいこうとしたら、ちいさい子がとびだしてきてよけようとして、でんちゅうにあたまからつっこんでしまい、すこしのあいだきをうしなっていました。だからいまみたいなよのなかを、なくそうというきもちでかいたのかもしれません。さつじんじけんやこうつうじこなどはふちゅういでおきたりうらんでやったりだとおもいます。だからぼくは、よくまわりをみればあのようにでんしゃのせんろにおちた人を、自からの命とひきかえにたすけようとしたように、みんなもあのたすけようとした人のようにゆうかんにいきましょう。