第6回私の本ものがたり(カ行)
母さんのじん臓をあげる 馬場 錬成
常磐小 6年 石井 里実
ある日のことでした。幼稚園生の裕子は、東京女子医大病院でネフローゼ症候群と診断され、小学校3年生になると、週に3回も通院をしなければならなくなります。だんだん病気があっかしていきます。それでも、じん臓の提供者がみつかりません。裕子は、たすかるのでしょうか。この時の裕子は、非常にわるい状態でした。
「1つのじん臓がなくても、もう1つのじん臓でいきていけます。」そうきいたお母さんは、裕子に片方のじん臓をあげる事を決意したのです。この日から何日かたった11月6日に、移植手術が行われました。手術は、すごくすごく長い時間続きました。手術は成功しました。そして、1月30日に退院しました。裕子の長い長い病院生活は、おわったのです。裕子の小学校の6年間は、じん臓病とのたたかいでした。この本は、読めば読むほど裕子の気持ちが伝わってくるあたたかい本です。
かあさんの山 井川 沙代
吉沢小 6年 雨谷 政行
岳彦は父さんを心筋梗塞でなくした小学六年生。今日はかあさんのふるさとに行こうとしている。かあさんはとてもはしゃいでいる様子だ。弟の登もうれしそう。しかし岳彦は五年生の時の事を思いだしていた。友達の修一が、父さんがいない、かわりの人を見つけたのかなどからかわれ岳彦はとびかかった。もし自分のお父さんがいなかったら、と考えさせられた。働き手はいない。かあさんが働くしかないのだ。それに父さんと遊ぶ事も話す事も出来ない。そんな事は想像できない。岳彦は父さんがいないという事と向かいあって生きていかなければならない。しかし、かあさんのふるさとに行き岳彦はかあさんの再婚の話だった。とうさんの事を想い反対した岳彦だったが再婚相手の長山さんを見ているうちに岳彦は長山さんを許すようになる。これを見ると家族の大切さがわかるので見てください。
介護の達人 羽成 幸子
杉沼 紋子
いい本なので読んで、と読書仲間のお嬢さんの推薦で買い求めた本。著者は彼女の大学のスクーリング仲間で元気の良いおばさんだとか。本の帯に「肉親5人を看取った主婦のマル秘ノート」とある文字通り介護の本である。35章の短篇からなり、どの章を読んでも著者が介護の実践から得たヒントが、平易な言葉で語られている。彼女は介護の達人以上に人生の達人であるのだ。手近に置いて時々チョット読む、介護と無縁な人にも生き方のヒントを与えてくれる本だと思う。私は時々お知恵拝借をしている。
介助犬ターシャ 大塚 敦子
三の丸小 6年 武士 浩之
みなさんは、盲導犬のことはよく知っているでしょう。でも、介助犬のことを知っていますか。
介助犬は体の不自由な人といっしょに暮らして、手足となって働くのです。ターシャも足の不自由な女の子ステファニーのために介助犬として、働いている犬です。
ステファニーは、アメリカに住む15才の女の子です。赤ちゃんのときに事故で、せきずいに大ケガをしてしまい、右足が不自由になってしまいました。
でも、明るく学校に通っています。そんなステファニーをいつも支えているターシャ。
ターシャとステファニーはお互いに心が通じ合っているのです。
ぜひみなさんも、介助犬のことを知るために、この本を読んでみてはどうですか。
貸本小説 末永 昭二
宇留野 仁一
元々、小説とはこんなにも自由であった。
自我とは何かとか、芸術性とか文学性とか、そんなこだわりを捨ててしまうと、こんなにも小説は軽くなれる。私たちは今、本は新刊書店か古書店、あるいは図書館で手に入れて読むものだと思っているが、かつては、これ以外にも、露店の古本屋、貸本屋など、人々が本に触れるための、さまざまなルートがあった。貸本小説とは、もっぱら貸本屋の本棚に並べられるために量産された小説群である。普通の小説とどこが違うかというと、蔵書を持たない人々のために書かれた小説であるということ。つまり味読精読するための小説ではなくて、どんどん読み捨てにされた小説のことである。そこで最重視されるのは、娯楽性である。噂だけは知っていたが、今となっては誰も見ることが出来ないこの幻の世界を著者は丹念に調べた。私も昔から、これら貸本小説を意識して集めて来たが、これらの作品からは、その時代の空気が匂って来る。
貸本屋のぼくはマンガに夢中だった 長谷川 裕
宇留野 仁一
昔、貸本屋という商売があった。今でもCD、DVDやビデオが高いので、レンタルで借りる人が多いのと同じ様に。だが、貸本屋の黄金時代は短かった。高度成長によって豊かになり、子供でも漫画本を購入できる余裕ができるようになると、貸本屋は姿を消していった。ぼくの祖母もずっと昔、稲敷郡の片田舎で、駄菓子屋の片手間に貸本をやっていたこともある。僕の貸本屋体験というと、この祖母の家と、幼年期を過ごした那珂郡大宮町の貸本屋だけである。水戸での貸本屋体験はない。僕が水戸に引っ越してきたのが1960年代も後半になっていたので、姿を消してしまったのか、とにかく近所に貸本屋は一軒もなかった。それまでの貸本屋が生活の風景に溶け込んで存在していただけに、子供心にもどこかもの足りなさを感じたものだった。そんな貸本屋で過ごした日々を、いつの間にか忘れ去っていたが、この本を読んであの頃の懐かしい記憶が甦って来た。忘れていた大切な思い出が・・・・・・。
家族それはヘンテコなもの 原田 宗典
三の丸小 6年 小林 周平
この本では、家族、恋愛、青春についてのヘンテコなおもしろい物語をいくつかづつしょうかいしてくれます。そしてこの本では、おもしろいだけでなくとてもだいじなことをおしえてくれます。
それは、一番最後の物語で、「ぼくは、子供たちにとって社会が果たす機能というのは、大したことではないかと思う。子供たちがのびやかにすくすく育つために必要なのは、理路整然としたルールや整備された環境ではなく、実は誰かに世界一愛されているという実感なのではないだろうか。」
と、このように書かれている。ぼくは、まったくこのとおりだと思う。大人は、これを見てひていするかもしれないが、もし子供に本当のことを聞いてみたらだれもが、「自分もこう思う。」と、言うだろう。しかし、なぜ原田さんがこのことを書いたかは読んでみて初めてわかるのでぜひ読んでほしいと思う。
家族ってなぁに 神林 京子
常磐小 6年 町田 綾香
この本は、家族ってなにかを書いている本で、主人こうのひろ美はなぜ家族があって私がいるのか?と疑問をもった家族についての内容です。
ある秋の日のことです。ひろ美は、作文を書きました。「家族っていったい」という題です。ひろ美は疑問をたくさん書きました。そして次の日、作文を先生に見せたら先生が「家族っていうのは、大人になったら、大切な人になるかもね。」と答えてくれました。でも、ひろ美は意味が分からなかったので、もう一度考えてみました。
次にまた、作文を書きました。でも、思ったことがみあたらなくて、一日ずーと考えてみました。そして、ひろ美は最後にこう書きました。「私は家族についてこんなに調べたのに、疑問がとけません。だから、私にとって家族は大切な人だと思いました。
私もひろ美と同じで、家族は大切な人たちだと思いました。
家庭教師はズッコケ魔女 アリス・ロウ
石川小 4年 藤田 早織
わたしの一番好きな本は、家庭教師はズッコケ魔女と言う、本です。この魔女のマリーナと、リジーナの出会いは、一さつのマリーナがおとした本をひろい、ジーナがもっていって、出会うと言うことです。それから二人は、勉強をマリーナにおしえたり、マリーナが、じゅもんを言ってテストを100点にしたり、二人で、いろいろとたすけあっているところがあります。でも、マリーナはじゅもんのさいごに、本人の名前を入れわすれていて、でもなぜかジーナが出てきたことがあり、さいごには自分の力でやったことに言われて分かるのです。自分でやめたいと思っても、なかなかやめられないんじゃなくて、やめられなくなってしまうのです。でも、けっきょくは、マリーナが来てずるしていない、といわれて頭つうもおさまるが、マリーナはにどとあえないと言われたが、マリーナが魔女学校にいけるならいいというけつまつです。この本は、二人のいろいろなおもしろいことものっています。
カミングホーム 倉橋 燿子
三の丸小 6年 成田 麻衣子
私がしょうかいする本はカミングホームと言う本です。この物語の内容は、開業医をやっている花村家の三女、桜子が主人公です。花村家は、お父さんと桜子の兄弟、長女のるり子、次女のかおり、長男で桜子の弟の令の5人家族です。でも、この家族はだれも血がつながっていません。それでもみんなおうちが大好きです。しかし、最近、弟の令のようすが変。それに家の中のお金がきえてしまった。そこで姉3人が調査隊を結成し弟のために立ち上がり、令のあとをつけていくが。このあとは本を読んでみてください。ミステリータッチだけどとてもおもしろい本です。私はこの本を読み家族はとても素敵だなと思いました。それに家族は血のつながりだけでないと思いました。とても素敵な物語なのでぜひ読んでみてください。
ガラスのうさぎ 高木 敏子
三の丸小 6年 飯村 千香
私がこの本に興味をもったのは、とてもたいくつで、気分てんかんに本を読もうとして、「おっおもしろそう。」と思い、手にとって読み始めました。
この話は、敏子ちゃんという子が主人公で、お父さんやお母さんや妹たちを戦争で亡くしてしまい、一時は死んでしまおうかとさえ考えていたけれども、知り合いの紹介でそかいした先で、お兄ちゃんたちを待ちながら生活をしていき、時には、失敗することもあるけれど、がんばって生きていく物語です。
「私は、お父さんもお母さんもいるけれど、敏子ちゃんみたいに一人でがんばってはいけないかも知れない。でも、そのかわりに自分でできる限りのことを精いっぱいがんばっていきたい。」と思いました。
みなさんもぜひ読んでみて下さい。
ガラスのうさぎ 高木 敏子
常磐小 6年 田村 敦
この本を読んだことがありますか。ぼくは、この本を読んですごく感動しました。この話は、第二次世界大戦の時の敏子という少女の話です。この作者は自分自身のことを本にしていて、本当にあったことを書いていて、その内容にびっくりしました。
戦争最後の昭和20年に大空しゅうにあい、お母さんと二人の妹を失いました。そして、数日後にはお父さんを亡くしました。幸せだった家族は大きく変わりました。ぼくは、こんなことがあったら何にもできそうにないのに、敏子は、亡くなった家族のためにせいいっぱいがんばりました。
いまでも、戦争によってたくさんの人々が家族を、失っている所があります。もうこんな戦争はやめてちがう方法で解決し、平和になってほしいです。みなさんもガラスのうさぎを読んで戦争によってどれだけの被害を受けるか知ってもらいたいと思いました。
カラフル 森 絵都
三の丸小 6年 中島 恵海
私がしょうかいする本は「カラフル」という本です。
この本は大人も子供も一緒に楽しめるという本なので、みんなで読めると思います。
本の内容は前世で罪をおかした魂が自殺した少年の体をかりて前世のあやまちを思い出すために少年として下界におりて……という話です。
その魂が自殺した少年の中にはいって少年が変わる姿は自分自身を見直すきかっけにもなると思います。
また、家族の姿も変わっていくのでそれも何か考えることがあると思ったので、私はこの本をしょうかいします。
消えた風物詩 新井 洋三朗
三の丸小 6年 神永 恵理子
私がしょう介する本は、消えた風物詩です。この本はけっこう昔の本ですが、水戸の昭和十年ごろの三の丸学区について書かれています。この中には、美しかった千波湖、黄門まつり、三の丸小学校などのことがあって、私はその当時の三の丸学区についてよく知ることができました。三の丸小では総合学習で、弘道館について調べています。
そして、通る人々にいろいろ聞いても、この人達本当に水戸に住んでいる人なのかという返事も多数ありました。
そんな人々にもっと、自分の住んでいる「水戸」というものについて知ってもらいたいと思っています。
そして、私の住んでいる水戸についてのすばらしさや、いい所など、たくさんの人々に知ってもらえたらいいです。そのためにはこの「消えた風物詩」を読むのが一番だと思います。
奇跡体験(アンビリバボー)
三の丸小 6年 大條 絵里奈
この本は、テレビで放映された、実話の物語です。
私は、とくに気に入っている物語は、二つあります。
一つ目は、時計台の恋した男です。このお話は、主人公が北海道、札幌の街のシンボル、時計台に出会ったお話です。この主人公は、時計台に出会って、この時計台に生がいをかけたお話です。
主人公が大人になって、時計台の管理をやる事になって、主人公は、喜んだやさき、商店街が、大火事になってしまい、主人公は、お店をやっていて、お店に時計台のかぎをおいてきて、大火事が終った後、主人公はあきらめずさがしました。
そして、ぐう然にがれきの下にあったので、主人公は喜びました。
あきらめない心があるかぎり、奇跡を呼ぶんだなぁと思いました。
今、時計台は、国の重要文化財になっている。
キノの旅 時雨沢 恵一
三の丸小 6年 柳澤 嵩大
「世界は美しくなんかない。でもそれ故に美しい。」
この本は、人間キノと、言葉を話す二輪車エルメスがいろいろな国へ旅していく話です。
一つの国に三日間だけ、様々の人との出会いが待っています。キノとエルメスが人々と関わっていく様子は、いつ読んでも人間のみにくさ、美しさ、そして外見の中の奥底にある感情を、考えさせられます。
この本では、少し難しい言葉などがでてきますが、読みやすく、とても面白いので、ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思います。
短編連作のストーリーなのですが、ある国で一人だけの人が住んでいて、なぜ一人になったか理由を聞く。そうするとその人は気づいていなくても、気づいていても、昔おかした誤りが見えてくる。その様子を読んでいると、誤りを気づかない人間のおろかさが見えてくるようで、ぜひ、生活に役立ててほしいと思います。
決め手はアル・デンテ 糸川 京子
吉沢小 6年 深谷 忠紀
このお話の内容は、あるどこかのおじいさんのおくさんが死んでしまってからそのおじいさんがしゃべらなくなっちゃって料理ずきの少年が料理教室に、そのおじいさんをむりやりいれさせて、そのおじいさんがしゃべったりわらったりしてくれてくれるというお話です。
題名のアル・デンテはスパゲッティみたいなたべものです。
ぼくがこの本をよんで思ったことは、大人になってから友達や家族のみんなに料理をつくってたべさせてあげたいです。
牛乳と肉 本間 正樹
緑岡小 4年 高橋 弘明
茨城県東茨城郡美野里町にあるふじえだぼく場は、朝が早い。五時すぎ、あたりがまだくらいうちにちちしぼりがはじまる。牛たちが、さくにゅうじょうにむかってゆっくりとあるきだす。牛たちは、自分たちでさくにゅうじょうへいく。さくにゅう場では、ジュッといきおいよく音がたつ。
しかしそれは、昔の話。いまでは、機械でやっている。
牛は、草食動物。しかし、毒をもっているのとか、葉やくきがかたすぎるのもたべない。
ぼく場には、まいにちタンクローリーがやってくる。タンクローリーは、牛乳を、紙パックや、びんにつめる、工場にはこばれる。
牛にゅうは、いろいろなせい品になる。
バター・チーズ・アイス・クリーム・などにぎゅうにゅうがはいっている。
ぎゅうにゅうは、いろいろなせい品につかわれていることが分かりました。
教室 斉藤 栄美
稲荷第一小 6年 田上 美樹
私は、この本を読んでみて悲しかったことや、思ったことがあります。
まず悲しかったことは、この本では、はるひや美月がさいしょはとても仲良しだったけど、さかきばら先生はみんなからきらわれていて、でもさかきばら先生は、みんなからひいきをしているというふうにおもわれていて、さかきばら先生は、はるひをよくほめていたりしているので、はるひは阿部さん達にいじめられてしまって、さいしょは、うわぐつやノートやペンがなくなるとかだったけど、給食の時はるひがくばったスープをほとんどの人が残したり、トイレにとじこめたりしてかわいそうなことばかりしていて私も悲しくなりました。
思ったことは、私はこの本の最後にみんなと仲良くなれて元気でいてとてもよかったことです。
私はぜひこの本を読んでほしいと思いました。
教室 斉藤 栄美
稲荷第一小 6年 山本 千尋
この「教室−6年1組がこわれた日−」という本は、いじめの事が書いてある本です。私はこの本を読み、考えたことがあります。この本を読んだ人がいじめをしないようになる事です。
この本の登場人物のはるひと美月はとても仲良しでした。ところがはるひの物がどんどんなくなってしまっていくうちに友達までもはなれていってしまいました。そして、残った美月も、はるひからはなれていきました。そして美月は、はるひのことをいじめてしまいました。はるひは、ひとりぼっちになってしまいました。はるひはとうとうさかき原先生にいじめられていたことがばれてしまいます。でもはるひは自分の思っていることをみんなに伝えました。そして美月とはるひは前よりももっと仲良くなりました。
さかき原先生ははるひの言っている事をきかず、かってにかいしゃくしてしまいました。私は、ここからいじめが始まったんだと思います。
教室 斉藤 栄美
堀原小 5年 江幡 千花
私がしょうかいする本は、「教室」という、イジメの中で友情が生まれるちょっとかなしくて、でもとてもあたたかいお話です。
主人公の美月は、親友のはるひのことを、いつも自分とはちがって、元気で子どもらしい女の子というふうに見ています。そんなはるひは、六年一組のたん任のさかき原先生の大のおきに入りです。いつもはるひをほめてばかりいるので、クラスのみんなは、はるひをいじめてしまいます。クラスメートのきょんちゃん、愛ちゃん、阿部さんが中心に、いじめていたのがきっかけです。
そんな中で、美月ははるひといっしょにいると自分もいじめられてしまうのではないかと心配になり、はるひからはなれて、いじめてしまいました。それを知った先生は、学級会をひらいてみんなで考えてもらうことにしました。自分の考えを言いあったみんなは、仲なおりしました。美月はそこで、友情の大切さを知るお話です。ぜひ読んでみて下さい。
金色のクジラ 岸川 悦子
三の丸小 4年 小坂 桃子
この本は、とつぜん、白血病にかかったゆういちの命を助けるために、兄や両親、友達、りん人が心をあわせる。こつずいい植をめぐる話題の物語です。
一番感動した所は、つとむ君がゆういち君にこつずいをめぐんだ事です。お父さんに「ゆういちにこつずいをやってくれ。」と言われた時、つとむ君は勇気があったけど、私はつとむ君のまねはぜったい出来ないと思います。わけは、せっかく私の大事なこつずいを弟や妹にあげると、自分の体が弱ってしまうからです。
白血病になってしまった人がいて、どうやって助ければよいか分からない人は、ぜひこの本を読んで見て下さい。兄や両親、友達、りん人がすばらしい勇気をあたえてくれます。
ぜひ、読んで見て下さい。
金色のクジラ 岸川 悦子
吉沢小 6年 綿引 昌幸
この本は、弟のゆういちが白血病になってそれを家族でのりこえていくという話です。
それでお兄ちゃんのつとむから弟のゆういちに骨ずい移しょくをすることになりました。
つとむはゆういちのとなりのベットで入院することになりました。大変だと思いました。
骨ずい移しょくが始まりつとむがねむっているあいだ金色のクジラの夢を見ていました。金色のクジラとはゆういちが病きになるまえにかいた絵です。たまにクジラは動くよくなことをしたりします。ふしぎだと思いました。
無じ骨ずい移植もおわりゆういちは元気になりました。それから一年生へ入学しました。よかったです。
ぼくにも2人の兄弟がいるけどこういうことになったらぼくはどうしていいかわからないが出来るだけのことをしてあげたいと思います。
くまのパディントン マイケル・ボンド
千波小 5年 高野 瑞穂
娘のジュディを駅にむかえにいったブラウン夫妻はプラットホームで、小さなくまを見つけた。
それが、この物語、夫妻は、そのクマを家につれて帰りますが、それからというもの、ブラウン家には騒動がたえません。
何をやらしても失敗ばかりするのです。
この第一巻では、ユーモラスなパディントンの行動と、パディントンを大好きになっていくブラウン家のようすが生き生きとえがかれています。
くらしを守る森 秋谷 孝一
緑岡小 4年 杉山 くるみ
「社会の変化も災害の発生に関係がある。」
わたしたちの祖先は経験から得た知恵で、災害に見まわれるような危険な場所をできるだけさけて住んでいました。しかし、人口がふえてくると限られた土地を有効に利用しなくてはならなくなり、やむをえず、山の斜面の真下や、川ぞいのはんらん地帯にまで、家を建てるようになったのです。新しい住宅は、崩壊や土石流の被害を受けやすい場所につくられることが多くなっています。こうした傾向は、経済が発展し人口が増えていく限り、ますます進行する。つまりかつては考えられなかったことですが、災害を生む条件が、人間によってつくられるという傾向が生じている。
「枝や葉はクッションの役目をして地表を守る。」
空から勢いよく降ってくる雨は、その大半が木の葉や枝にぶつかります。地表に達した雨も、地表をおおっている落葉や落枝の上に降り、直せつ土にふれることはほとんどないのです。森は私たちのくらしを守っているのです。
クリーニングやさんのふしぎなカレンダー 伊藤 充子
三の丸小 4年 長沢 明子
わたしのしょうかいする本は、クリーニング屋さんの不思議なカレンダーです。
なみ木クリーニング店というクリーニング屋さんがあって、働いている人は、おじさんたった一人です。ある日、おじさんが、古いカレンダーを拾いました。古いけど、まだつかえるのでおじさんは、クリーニング屋さんに、はっておきました。それから、へんなお客さんが、来るようになりました。
まず、一人目は、毛が、もくんもくんとしている羊です。その羊が、自分のセーターを、つくり終わったらあらってほしいといいます。羊は、えん筆とノートを持って来ていて、そこに、セーターの色やセーターをあんでくれる子などに、たのんであって、ノートにかいてありました。そして、おじさんに家でのあらい方などをおそわって、ノートにメモをして帰って行きました。
ほかにも、おもしろいお客さんが、来てとても楽しいお話なので、ぜひ読んで下さい。
子ぎつねヘレンがのこしたもの 竹田津 実
千波中 1年 村田 涼子
この本は、獣医師の竹田津先生が拾った子ぎつねヘレンのことが書かれています。そのヘレンは、目も見えない、耳も聞こえないという脳の病気をわずらっていました。しかも、竹田津先生が与えてくれるミルクや肉も、口の中へ入ってくる異物だと思って吐き出してしまいます。ほとんど何も食べないヘレンは、日ごとに衰弱していきます。しかし、竹田津先生の治療で一時は回復しますが…。
このお話のラストはとても泣けるので、ぜひ読んでみて下さい。
子ぎつねヘレンがのこしたもの 竹田津 実
常磐小 6年 内田 きよみ
私がこの本をえらんだ理由は、かんどうするような本をあまりよんだりしなかったからです。私は、この、いっしょうけんめい生きようとする、子ぎつねヘレンが、うらやましいというか、すごいなぁと思いました。
どうぶつは、人間よりも、生きるながさが、とてもみじかいけれど、子ぎつねのヘレンはみじかいじかんたいで、ひっしでがんばるように、人間とのかんけいをふかめて、いろんなことを学んで生きようとするのです。
私は、そんなにひっしに、生きようとがんばっている子ぎつねのヘレンが、ういういしです。ヘレン=ケラーみたいに、目もみえず、耳もきこえなく、まったくにたような子ぎつねがいるきつねがおなじように、名前をつけて、半年もかからないで、子ぎつねヘレンがしんでしまったかんどうの本です。
みなさんも、ぜひ、かんどうするような本を私からも、おすすめします。
5000キロを旅した犬・ボビー 川手 真砂
吉田小 6年 中村 みどり
私は、この物語を読んで、人とかわいがられている動物の絆は、すばらしいものだと思いました。この物語の主人公は、家族に愛され、幸せに暮らしていた犬、ボビーです。
しかし、旅行途中に、家族とはぐれてしまい、ひとりぼっちで家族と幸せに暮らしていた、ふるさとをめざして、歩き始めました。
ふるさとへは、5000キロもありました。気が遠くなるような道のりを、家族と会うために、ボビーはひたすら歩きました。
途中、野良犬におそわれたり、人に石を投げられたりしましたが、親切な人や、助け合った狼などにはげまされながら、ロッキー山脈などの困難を乗りこえ、1924年2月15日、ボビーの長い旅は終わり、家族と再会しました。
私は家族がボビーを愛していて、深い絆があったから、帰れたのだと思います。
動物の大切さと、人と動物の絆が分かる、ボビーのお話を、もっとたくさんの人たちに読んでみてほしいです。
五体不満足 乙武 洋匡
稲荷第一小 6年 木村 奈津美
私は、この五体不満足を読んでこの作者、乙武洋匡さんはすごくて、感動したのでこの本をしょうかいします。
この本の作者でもある乙武さんは、生まれつき手と足がなく電動車椅子で生活しています。私だったら走ったり、何かをつかんだりできなくって毎日が楽しくないって思うのに乙武さんは、それを良い事と考えているんだと思います。電動車椅子の生活だったらつらい事やいじめ、仲間はずれをされると思っていたのに、本にはそんな事はかいていなくて乙武さんはそのぶんがんばっていてやっぱりすごい人だなっと思いました。
私がそのなかで心に残った所は、みんなと違うからいじめにあってしまうかという所です。私は、みんな一人一人ちがう人なんだから、手や足がなかったりしてもおかしくないし、みんなと同じ人なんていないと思います。
この本を自分がその立場になっていたらと考えながら読んで感動してほしいと思います。
五体不満足 乙武 洋匡
三の丸小 6年 小野瀬 旭
ぼくがしょうかいする本は、五体不満足という本です。乙武洋匡さんは生まれた時から不自由な生活をしいられてしまい、障害のせいで自由をうばわれてしまいます。
手足が短くて、自分のしたい事ができないなんてかわいそうだと思いました。
しかし、洋匡さんは、「障害は不幸じゃない。」と言っているそうです。
ぼくの考えでは洋匡さんの回りの人たちはやさしくしてくれたし、洋匡さん自身も自分にできるかぎりの事をやったからこそできるのだと思います。
しかも洋匡さんは、50メートル走でみんなといっしょに走ったり、プールに入って25メートルを泳ぐなど、さらには中学ではバスケ部に入っています。
ぼくなら逃げてしまうけれど洋匡さんは、目の前の困難から逃げていません。
この本を読んで、洋匡さんからは立派な生き方を学べるので、読んでみて下さい。
五体不満足 乙武 洋匡
常磐小 6年 稲見 友香
「オトちゃん」こと乙武洋匡。オトちゃんは個性的に産まれ、母や父に、友達に差別されることなく見守られてきたのです。
オトちゃんはみなさんの知っての通り五体満足ではなく産まれてきました。母は黄疸が激しいため、オトちゃんには一ヶ月間会えないと医者に告げられました。母は、疑う事なくその通りにし、一ヶ月後に会いに来る事にしました。
一ヶ月後、母は「体に異常がある。」とだけ告げられました。そして、「感動の対面」のしゅんかん。さてさて、母はどういった反応をしたのでしょうか。
誕生シーンも見どころのこの一冊。これから、どの様な場面がくり広げられる事でしょうか。
一ページ広げればまた広げて読みたくなる本。それが「五体不満足」です。「希望」「努力」そんなものを持たせてくれます。ぜひ一度は見て下さい。おすすめの一冊です。
五体不満足 乙武 洋匡
常磐小 6年 小田部 達也
生まれた時から手足がなくて、だけど、そういうしょうがいものりきり、たくましく生きています。この本は、本とうの大切なものがなにかもわかり、感動する本です。そのなかにも、命の大切さ、家族の大切さもわかる本です。
この本を読んで見てください。感動をくれます。
五体不満足 乙武 洋匡
堀原小 5年 日下 雅崇
この本は、体にしょう害をもった乙武洋匡さんのゆかいな半生が書かれています。乙武さんは、生まれながらにして両手、両足がなかったけれども、それに負けることなく、小学生のころは、友だちと野球もやりそのときにこんなこともありました。ピッチャーの投げたボールをフルスイング。会心の一げきだった。ボールは勢いよく、内野の後方まで飛んでいった。ボクにとっては、大飛球だ。「オトちゃん、スゴイよ。今の当りは、ホームラン級だね。」「ホントだね。そうだ、オトちゃんにも、ホームランの位置を決めようよ。」ということになって甲子園のラッキーゾーンならぬオトちゃんゾーンを作ってもらった。中学生の時はバスケット部、高校生の時は、アメリカンフットボール部といつも生き生きと生活していて今も元気にゆかいに生活している。そんな乙武洋匡のパワーには、ほんとうにびっくりさせられます。みんなもこの本を読んで元気をもらいましょう。
五体不満足 乙武 洋匡
千波小 5年 岡田 佳奈子
この本は、先天性四肢切断という障害を持って生まれた乙武洋匡さんが、まわりの人々の力を借りて、明るく、強く生きていくすがたを自ら書いた本です。
私は、この本を読んで、親子のきずな、友だちとの友情。とほかにもいろいろな大切なことを学びました。
すべて読み終えた時には、これから、体の不自由な人のことを手助けしたい。と心に決めたくらいです。
あと、体の不自由な人は、私たちの助けが必要だということや、助けすぎるのもよくない、ということも学べる本です。
私の学年にも、体の不自由な人がいるので、これを生かしたいと思います。
みなさんも、ためになるのでこの「五体不満足」を読んでみてください。
子どもべやのおばけ カーリ・ゼーフェルト
千波小 5年 津田 香澄
この本は、ヴェスターマン一家の兄弟(ユッタ・イーミ・ベンノー)の三人が協力しあって地下室から真っ黒なリンゴをとってきて7日でリンゴを金色にしていどの中にそれをなげこんで、おばけのフローリアンを開放してあげる話です。
そのためには、リンゴをもっている間は、けんかをしてはいけません。でも、おねえちゃん(ユッタ)だけがリンゴをみがいていて、あとの二人は、遊んだりしていたので、とうとうユッタがおこってけんかになってしまいます。そして、リンゴもまた真っ黒になってしまいました。
そこで、イーミとユッタは話し合ってどこがわるかったか話し合ってそしてはんせいしあいました。
そうして、おばけを開放してあげられました。そして、そのおばけの生まれかわりが4人目の兄弟となる話です。
小林一茶
千波小 5年 小澤 主覇
この人は、はいくを書いて旅をしてたんです。
そして、いろいろな所にいってはいくを書いてたんだけどあるひお茶をのむしゅんかんにしんじゃってかわいそうでした。
だからこの本をよんで下さい。
ゴミリサイクル再利用 スティーブパーカー
千波小 5年 面澤 豊
ぼくたちのまわりにはたくさんのゴミがあります。1990年半ばのアメリカ人のようなペースでゴミをだし続けるとゴミの総量は、4000億トンになると言われています。この量は、ロサンゼルス全体を100メートルの高さのゴミでうめつくしてしまいます。そこでゴミを減らすには、リサイクルをします。ところがリサイクルをするときおこる大きな問題がいろいろなゴミがまざっていることです。この問題をなくすにははじめからゴミを分けてだせばいいのです。これらのことがおきないようにするには一人一人が心がけてゴミを出すようにしてください。みなさんもこの本を読んでください。
米
緑岡小 4年 小野 友理恵
日本人に、とって米はとっても大切な食べ物です。ご飯は、ご飯でも、いろいろな食べかたがあります。おすしにしたりおにぎりにしたり、おせんべいにしたり、だんごにしたりして食べたりもします。外国では、ピラフにしたりチャーハンにしたりビビンバにしたりして食べるそうです。米のごはんは「主食」おかずは「副食」と言います。
米には、人間に必要な栄よう素がだいたいそろっており、米だけ食べてなんとか生きていけます。だから、お米が主食として食べられてきたそうです。お米がよくできる場所は、面積が広くて、人口が多く、気候があたたかいところなのです。
この本を読んで分かったことは、どれだけお米が大切か、と言うことです。あと、米つぶ一つ一つに、栄よう素がたくさんあるなんて、初めてしりました。私は、これからも、米を大切にしようと思います。
米
緑岡小 4年 槐 梨江
日本人に米って、深く、長いつきあいがあります。それに、おもち、だんご、せんべいなども、米が原料です。
おにぎりが一個でお米を約2000つぶくらいつかっていることが分かってとてもびっくりしました。
なえをつくるためのもみを「種もみ」といっているそうです。なんで、種もみと言うか分からなかったのでこの本を読んでよく分かりました。
お米をたくさん作っているところは、一位、北海道、二位、新がた県、三位、秋田県、毎年、だいたいこの順位だそうです。お米を作っているのは、日本だけではなく世界の国別のお米の生産量をみると一位、中国、二位、インド、三位、インドネシアだそうです。
やっぱり、日本人にとって一つぶ一つぶのお米がとてもだいじなことが分かりました。
コロッケかぞくとスパゲッティかぞく 浜 たかや
堀原小 5年 佐々木 香乃
この本は、フランスに研究に出かけているお父さんが、一年ぶりに帰国して、家にもどってきます。すると、由紀子が「パパ帰ってきたら、ママの作る料理なんか、まずくて食べられないんじゃないの?」お父さんがフランスに行ってから、ママが作る料理には手ぬきがめだった。それが心配になったママは、次の日フランス料理教室にかよいはじめる。正一と由紀子は、毎日のように、できそこないのフランス料理を食べさせられた。でも、そのおかげで、お父さんが帰ってくるころにはママのうでもだいぶあがってきた。お父さんは、テーブルの上の山もりのフランス料理をみると、おえっという顔をしておちおち食べていられないようすだ。そして、とうとうけんかをしてしまいママが家を出ていく。それをもとにもどそうと正一と由紀子は、自分たちでりょうりをつくる。するとお母さんとお父さんも帰ってくる。この本は、心があたたまる本です。ぜひ、よんでみてください。